大阪府道6号枚方亀岡線 新名神高架下 旧道


多忙とバイク乗り換えに伴ってメンテしていなかったため探索自体ができずに放置気味だったが、とうとう新しい相棒が来たため高槻市道樫田2号線を再訪していたところふと気になる道を見つけてしまった。
荷物が置いてあったりしていたが、明らかに旧道然とした道だったため停車して様子を見てみることにした。

事前情報

場所は大阪府高槻市原の府道6号線の一部区間である。
上を走る二本の線は新名神高速道路で山を通ってる区間は原萩谷トンネルである。
探索時にも見えるが、ここはかなり高いところを通っている高速なためすぐにわかるだろう。
カーブの多い道路で狭くはないが油断するとハッとするカーブが多い道でたまに中央線が無い。
しかも大型車も結構通るため通行の際は気をつけたい。

そんな話をしたいわけじゃない、そんな府道6号に一箇所怪しい二本線のところがある。
今回のターゲットはここである。
地図を見れば明らか分岐があるのだが実際に走行すると全く気づかない状態になっており、帰りに偶然周りを見ていたら気が付いたくらいひっそりとしている。
見つけられたのも何かの縁、久しぶりに探索いってみよう。

探索開始

旧道編

場所は南部にある分岐地点へやってきた。ちょうど北向きを撮影している。
ちょうどここはバスの転回所になっていて定期的にバスがやってくる。
このまま左へ回るとフェンス越しに旧道が姿を表す。
結構新しめのフェンスで塞がれておりゲートは南京錠でロックされていた。
しかしながらこの道なにやら形状が奇妙である。

ゲートがあったが少しだけ失礼させてもらう。
入ると真っ先に目が行くのはガードレールでもなく路面でもなく路肩の花たちである。
自然に生えたと考えるのが妥当だと思うが、にしてもキレイに並びすぎてないか。
人の手で植えるとも思えないがどうしても人が植えたように見えてしまう。

坂を下るといよいよ旧道の開始である。
はじめに奇妙な形をしていると言っていたが、坂の部分は恐らく旧道ではなく現道ができた際に旧道へアクセスするための道を作ったのだろう。
そのため外側にやたらと狭い道ができてしまっているのだった。

旧道は現道とほぼ同じ幅員で思ったよりも狭くはない。
また、路面状況は落ち葉等があるが陥没等はなく現役の道と言われれば信じてしまいそうな良好な状態を保っている。


坂の横は荷物置きになっているようだ。
こちらの路面状況はあまりよくないし草木も多いが、置いてあるパイプや網は思ったよりも古くなく最近置かれたもののようだ。

奥の金網はゲートになっているが、ゲートの外に道はなく川へ下りる道も見当たらなかった。
何のためにあるのか不明だが、過去に使用していたことがあるのだろう。

仕切り直して先へ進んでみよう。
先は変わらず落ち葉等が多いくらいできれいな路面状況である。
今は高速道路の高架が目の前に見えているが、後ほど述べようと思うが当時は無かったようでもう少し開けた景色になっていたと思う。
しかしながら、廃道としては新しい道があることでより一層映えているのは間違いない。
ちなみに巨大な橋は芥川橋というらしい。

左の山側には落石防護柵がる。
特に歪んだところがあるわけではないが、落石が多いのだろう。
完全に自然に還ろうとしているが、ど定番の落石注意警戒標識も設置されていた。

路上に「ダイロック10」と書かれた不思議なものが置いてあった。
少し年季が入っているように見えるが、供用されている当時のものだろうか。
と思って帰宅後にモノタロウで調べてみるとどうやら看板の開き具合を固定する金具らしい。
現道であった当時に使用されていたものかもしれないが、後とも考えられなくはないし不明である。

振り向くと幅員減少警戒標識があった。
当時の道がわからないが、そんな幅員減少するところは合ったように思えないのでカーブの先(現道のところ)に幅員減少する場所があったのかもしれない。

高架の下までやってきた。
ここまで距離で言えば大してないのだが、封鎖区間というのと隣の現道から丸見えなためえらく長く感じられた。
ここは落ち葉すら無くかなりきれいな状態を保っている。
ブルーシートのところまで後もう少しだ。

高架の下まで来ると左手に高架へ登る階段が見えてた。
恐らく高架とトンネルに下からアクセスする階段だと思うが、ここだけではよくわからない。
さすがにここに入るのはさすがにまずいので入らない。

ちょっとずれるとトンネルの名盤が見える。
名盤を見なくてもGoogle Mapでも見えるのだが、原萩谷(はらはぎたに)トンネルという名前らしい。
場所が場所だけにトンネルの坑門や名盤を確認することはできそうになかった。

ブルーシートが目の前にやってきた。
パイプか何かをブルーシートで被せているのかと思ったがどうやら土にかぶせているようだった。
ガードレールがここだけやけにひしゃげているし、ここで土砂崩れがあったのかもしれない。
奥の方はきちんと確認していなかったがどうやら奥は土砂崩れで土が道路を覆っているようにみえる。
ブルーシート側はNEXCOがキレイに整えたのかもしれないがもしかするとこれが現道付替えの一端なのかもしれない。

川の方を見ると町中にでもありそうな用水路っぽい川となっている。
視界を遮るものはなく、車通りもそこそこあるため結構目立っていたかもしれない。
さっさと撮って道へ戻ろう。

振り返るとやはり土砂が積まれているところ以外は現在でも供用されていてもおかしくないほどキレイだ。
後ほど載せるが、現道の橋が2011年3月11日竣工で原萩谷トンネルは2016年3月18日竣工であることから恐らく6~11年の間の比較的最近に廃止されたと考えられるが、それにしてもキレイすぎる。
大体は放置されるとひと夏で荒廃が進むものだと思うが、NEXCOの管理が行き届いているということだろうか。

戻ってきたところで振り向きパシャリ。
目的は違えど今でも使用されている旧道は寂しさを感じない。

では北側をチェックして探索は終了しよう。

北側

反対へ行くついでに橋の情報をチェックしておこう。
南側にある橋は「市ノ上橋(いちのうえばし?)」と言い、竣工は2010年6月16日で結構新しい橋だった。
欄干の形状も平成の橋という感じで12年の年季は感じられない。

続いて北側にあるもう一方の橋は「武者後谷橋(むしゃごたにばし)」と言い、竣工は2011年3月11日でこちらも新しい橋である。
市ノ上橋のほうが年上のようだ。

さて、北側の出入り口はどうなっているだろうか。

北側の出入り口は南側よりもフェンスが厳重で登るほか入る方法はなさそうだ。
しかしながら、フェンスは数年経っているとは思えないほどキレイで旧道側にはゼブラゾーンが描かれている。
つまり、このフェンスは後付で暫くの間はゼブラゾーンで通行しないように誘導していたのかもしれない。
ガードレールは旧道が現道の時代からあったものだと思われる。

奥の方は南側の探索で見た通り土砂崩れが起きているようで土で覆われている。(もしくはただの山ズリ?)

最後に道路の線形を見ておこう。
青色が旧道で、赤色が現道である。
現道の線形も異なっていて、建物が建っている箇所フェンスで塞がれている部分が旧道になっていたと探索当時は思っていたが、どうやら全く変わっておらず封鎖されている旧道だけが現道に付け替えられただけだった。

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